あなたは海外移住に憧れを抱きながらも、アジア人としての差別や偏見に不安を感じていませんか。「ヨーロッパの人はみんな優しくて寛容だ」といったイメージだけで移住してしまうと、現地での些細なからかいや無神経な言葉に傷つき、ストレスを抱えることになるかもしれません。せっかくの海外生活を人間関係のトラブルで台無しにしたくはないはずです。ここでは僕がオランダで実際に経験した「悪気のない小さな差別(マイクロアグレッション)」のエピソードと、寄せられた多様なコメントから見えてくる海外移住のリアルな人間関係について紹介します。
先日、僕がInstagramで投稿した「オランダで経験した7つの小さな差別」という動画が、1日で60万回も再生されるほど大きな反響を呼びました。子供たちが中年男性から「ニーハオ」とからかわれたり、海で「神風」と叫ばれたりといった日常の些細な出来事をまとめたものです。この動画には数え切れないほどのコメントが寄せられ、海外在住者のリアルな声が飛び交いました。ここからは、そのバズった動画に寄せられた多様な意見を紹介しながら、海外移住者が直面する小さな差別の実態と、それをどう受け止めて生きていくべきかについて詳しく解説していきます。
「ニーハオ」は差別の始まりか【悪気のないアプローチという見方】
動画の中で紹介したエピソードの1つに、駅で電車を待つ僕の子供たちに向かって、オランダ人の中年男性が「ニーハオ」と声をかけてきたという出来事があります。これに対して、あるフランス在住26年の女性から非常に興味深いコメントが寄せられました。「彼らなりの親しくなるためのアプローチと捉える方が賢明です。どうやって仲良くしていいか分からないので、とりあえず挑発して反応を見るという、小学生レベルのきっかけ作りなんですよ」という意見でした。

彼女の言うように、これは昔のスポ根ドラマで「喧嘩をしてから仲良くなる」というのに近い感覚なのかもしれません。日本人のように相手の立場や気持ちを慮って丁寧に接するという道徳観念は、彼らにはあまりありません。どうやってアジア人の僕たちとコミュニケーションを取ればいいのか分からないから、とりあえず知っている中国語の「ニーハオ」を投げてみて、相手の反応を探っているというわけです。本人たちには明確な差別の意識すらなく、単なる無神経なコミュニケーションの入り口になっている可能性があります。
しかし、別のコメントではこの見方に対して反論もありました。「事実として中国人が多いからニーハオと言うのは仕方がない、そんなことで怒るなんて神経質だと言われたことがありますが、そういう問題ではないですよね」という意見です。なぜなら、彼らが「ニーハオ」と声をかけてくる時のトーンや表情には、明らかに小馬鹿にしたようなニュアンスが含まれていることが多いからです。心の底から仲良くなりたいというよりは、とりあえずからかってみたいという軽薄な態度が透けて見えるため、言われた側はどうしても不快感を覚えてしまいます。
僕たち日本人が白人を見て、アメリカ人かドイツ人かスウェーデン人かの区別がつかず、とりあえず「ハロー」と声をかけるのと同じ感覚だと言う人もいます。しかし、その「ハロー」に相手を下に見る感情が含まれていないのに対し、一部のヨーロッパ人がアジア人に向ける「ニーハオ」には、明らかに別の感情が混じっています。これを単なる「不器用なアプローチ」として受け流すか、「小さな差別」として不快に思うかは、受け取る側のメンタリティ次第ですが、海外で生活する以上、こうした無神経な言葉とは日常的に向き合っていく必要があります。
ジェラシーが引き起こす嫌がらせ?幸福な移民に対する複雑な感情
先ほどのフランス在住の女性は、もう1つ非常に鋭い指摘をしてくれました。「あと、かなりジェラシーから来る嫌がらせもあります。多分本人たちも自分たちの発想の由来が理解できていないと思います」というコメントです。この「ジェラシー(嫉妬)」というキーワードは、僕がオランダで経験した小さな差別を読み解く上で非常に腑に落ちるものでした。実は僕の友人であるマイカというオランダ人のサーファーも、全く同じことを言っていたからです。
マイカと一緒にコーヒーを飲んでいた時、僕に嫌がらせをしてきた男の話になりました。マイカは「その男は50代くらいで、おそらく離婚しているはずだ」と見事に言い当てました。「もちろん差別的な意識もあるだろうけど、それ以上に彼らは君たち家族にジェラシーを抱いているんだよ。自分は離婚して子供にも会えない。だから幸せそうな家族を見ると無意識のうちに腹が立つんだ」と教えてくれました。自分の生活がみすぼらしいのに、他国から来た小さなアジア人の家族がなぜあんなに幸せそうにしているのか。その不満が差別的な態度として表に出ているというのです。

自分たちヨーロッパ人の方が優れているはずなのに、なぜ移民である彼らの方が充実した生活を送っているのか。そうした無意識の比較と劣等感が、アジア人に対するからかいや嫌がらせという形で噴出してしまうケースは少なくありません。本人たちもなぜ自分がそんなにイライラしているのか、その感情の根本的な原因(=ジェラシー)に気づいていないことが多いのです。
このように考えると、彼らから投げかけられる小さな差別的な言葉も、少し違った見方ができるようになります。彼らは僕たちを憎んでいるというよりも、自分たちの満たされない生活への不満を、分かりやすいターゲットであるアジアの移民にぶつけているだけなのです。そう理解できれば、「同じレベルに立たずに知らん顔をする」「大人の余裕を見せて包容していく」という対処法が、非常に理にかなったものだと思えるようになります。彼らの行動の背景にある惨めさを知れば、いちいち腹を立てるのが馬鹿らしくなってくるはずです。
義理の家族から受ける容姿への偏見と差別的な言葉の刃
寄せられたコメントの中で、最も胸が痛くなり、同時に怒りを感じたのが「元夫がオランダ人でした」という女性からの体験談です。彼女はオランダの義理の家族から様々な差別用語を浴びせられていました。「痩せすぎだから病気だ」と言われたり(日本では普通の体型です)、「アジア人は汚い」と直接言われたり、「背が小さいから」という理由で子供服の売り場に連れて行かれたりしたそうです。さらに酷かったのは、義母が彼女の娘を連れて買い物に行った際のエピソードです。
義母は「周りの人から孫が可愛いと言われて嬉しかった」と報告してきた上で、「こんな(つり目のジェスチャーをしながら)アジア人のあなたと結婚して、どうしてこんなに可愛い子供が生まれるの?」と言い放ったそうです。彼女自身は二重まぶたで目がぱっちりしているにもかかわらず、ステレオタイプなアジア人の容姿で馬鹿にされたのです。「こんな家族と一生会わなくて済むかと思うとせいせいしています」という彼女の言葉には、深い悲しみと怒りが込められており、このコメントには60以上の「いいね」がついていました。
自分の子供のパートナーの容姿をけなすということは、自分の息子や娘の選択を否定し、間接的に自分の家族をけなしているのと同じことです。それすら理解できないほど想像力に欠けている人間が、残念ながらヨーロッパには存在します。僕の妻も身長が150センチ台と小柄なのですが、家に荷物が届いた時に「お母さんを呼んできて」と配達員に言われたことがあります。アジア人は若く見られるというポジティブな側面もありますが、それが極端になると「大人の女性として扱われない」という見えない差別へと繋がってしまうのです。
義理の家族からの差別は、赤の他人からのからかいとは次元が違います。年に一度会う程度の関係であっても、会うたびに何かしらの問題が起き、それが夫婦関係にまで悪影響を及ぼすことになります。海外移住において現地のパートナーを持つことは素晴らしいことですが、その背後にある家族の道徳観念や文化的な違いによっては、想像以上のストレスを抱えるリスクがあることを、この体験談は痛烈に教えてくれています。
【ライフスタイルと解釈の違い】なぜ差別を感じる人と感じない人がいるのか
これほど多くのコメントが寄せられる中で、非常に興味深い現象がありました。「私もドイツに駐在していましたが、一度もそんな経験はありませんでした」という人や、「オランダに26年住んでいますが、今でもそういう経験は一度もありません」という人がいる一方で、「オランダに住んで数年ですが、そういうことばかりで嫌になります」と嘆く人もいたのです。同じヨーロッパ、同じオランダに住んでいるのに、なぜこれほどまでに「差別を受けた経験」に差が出るのでしょうか。僕はその理由が2つあると考えています。

1つ目は「ライフスタイルの違い」です。例えば、駐在員の家族として移住した場合、行動範囲が「自宅」「現地のスーパー」「週末の日本人コミュニティ(補習校など)」の3つに限定されがちです。安全なエリアだけで生活し、現地の人と深く関わる機会が少なければ、当然「ニーハオ」とからかわれるようなシチュエーションにも遭遇しにくくなります。行動範囲が狭く、守られたコミュニティの中で生活していれば、現地の泥臭い差別や偏見に触れる機会そのものが物理的に発生しないのです。
2つ目は「本人のメンタリティと解釈の違い」です。例えば、オランダ人と結婚してもう日本に帰る場所がないという人が、毎日「自分は差別されている」と感じながら20年以上も生きていくのは精神的に不可能です。そのため、無意識のうちに脳が現実をポジティブに解釈しようとします。「ニーハオと言われたのは、私とコミュニケーションを取りたいからだ」「つり目のポーズをされたのは、アジア人に興味があるからだ」と、自分に都合よく解釈することで心を自己防衛しているのだと思います。
もちろん、本当に運良く素晴らしい人たちにしか出会っていない可能性もあります。しかし、海外生活において全く嫌な思いをしないというのは非常に稀なことです。すぐに嫌になって日本へ帰ってしまう人と、長年住み続けられる人の違いは、この「小さな差別」に遭遇する頻度(ライフスタイル)と、それをどう受け流すか(解釈の仕方)に大きく依存しています。海外移住を成功させるには、こうした理不尽な出来事に対して、自分なりの心のフィルターをどう構築するかが何よりも重要な鍵になるのです。
まとめ:日常に潜む小さな差別を乗り越える海外移住のメンタリティ
ここまで僕がオランダで経験した小さな差別のエピソードと、寄せられた多様なコメントから見えてくる海外移住のリアルについて解説してきました。最後に要点を4つにまとめました。
- 「ニーハオ」という言葉には親しくなるための不器用なアプローチと無神経なからかいの両面がある。
- アジア人に対する嫌がらせの背景には彼ら自身の満たされない生活からくるジェラシーが隠れている。
- 義理の家族からの容姿に対する偏見や無神経な言葉は夫婦関係にも悪影響を及ぼす深刻な問題である。
- 差別を感じるかどうかは現地でのライフスタイルの違いと本人のポジティブな自己解釈に大きく依存する。