新鋭王座決定戦が2014年から名前が変わる。だから2013年の開催が最後の開催。場所は桐生、そしてナイター。今日は最後の新鋭王座を見るために六本木から桐生までやってきた。今夜の9時27分。新桐生駅の待合室にはこのコンテンツをカタカタと書いている僕と、可愛らしい高校生カップルだけ(ちゅーしてる・・・!)。
さて、前回は「アメリカには腐るほど優秀な人材が暇をしている」といった。ゆえに「彼らに”英語で”一声かければ絶対にリクルートできる」と僕は大学生のときに感じて、英語をひたすら勉強したというお話も。で、ラストには「その英語学習の努力も無駄になりつつある」というオチをつけた。
ちょ、カップル、軽く前戯してる。見れないけど、絶対してる。(男の子、おっぱいさわっている。群馬の高校生はエロい)
話を戻す(気になって戻せない)。いや無理やりにでも戻す。
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クリスアンダーソンの本の中に
じゃあ結論から言おう。どうして僕が優秀な人材を集めるために英語を勉強したにも関わらず、その努力が無駄になりつつあるのかということを。それは「オープンソース式の求人が優秀な人材を集めるのに最適であるから」だ。僕はこの威力に気付いた。正確にはワイヤード編集長でありベストセラー作家でもあるクリスアンダーソンの本の中にその一例が書かれていた。
クリスの一節には「アップルすらもジョイの法則は覆せない」とあった。これはどういうことか。まずジョイの法則とは?ジョイはjavaを作ってサンマイクロシステムズを創業したビルジョイのジョイ。ジョイが「いつも優秀な社員は社外にいる」という名言を残し、それが本質をついていたため、雑誌編集者がジョイの法則と名付けた。
アップルもGoogleも博士号を持っている人を
たしかにあのアップルでさえも、その本社はカリフォルニア州のクパチーノにあり、クパチーノに住んでくれる人しか雇えない。ご存知とは思うが、アップルもGoogleも博士号を持っている人を中心に求人する。つまり学歴を第一の基準として技術者・マーケター・財務を担当する労働者を集める。
この方法で求人をすると、まずクパチーノに住んでくれない優秀な社員は雇えない。彼のガールフレンドが「ダーリン、私は地元のスペインにしか住みたくないわ」と言えばそれでオシマイということ。次に学歴を中心に求人をすると、当然ではあるが、有名な大学を卒業していない優秀な社員を雇うことができない。あの時価総額がエクソンモービルを一時的にでも抜いた世界一の企業であるアップルでさえも、ジョイの法則を覆せない、とはこのことを言う。
くそ!もっと優秀な社員を
世界一の企業であっても、クパチーノの住めない天才と、有名な大学を卒業していない天才にリーチすることはできない。だから、もしかするとスティーブジョブスもこう思っていたかもしれない(世の中の経営者は99.9999%こう思っている)。「くそ!もっと優秀な社員が欲しい」と。
確率論として「英語」を媒介として優秀な社員を集められるのは間違いない。過去の自分をヨイショすることになるけど、大学の時に「英語ができれば優秀な奴と繋がれる可能性は上がる」と考えた僕のロジックは間違っていなかった。
しかし、である。前述のように「英語」を媒介としていてもジョイの法則は覆せない。
有志が書き上げたLinuxだ
そこで今回の本題、オープンソース形式の優秀な人材を集める方法がある。オープンソースとは、ウェブサービスやソフトウェアを作る際にコードを全て(又はほぼ全て)公開し、有志を募ってプロダクトを完成させていく概念のことをいう。有名なのはLinuxOS。Linuxはフィンランド人のリーナストーパルズがたった一人で書いたわけじゃない。リーナスが「僕は一人で全部を作れないから、コードを公開する。続きを手伝っておくれ」といって、有志を募り、その有志が書き上げたのLinuxだ。
オープンソースの何が画期的かって・・・あげればきりがない。例えばプロダクトの完成するスピードが桁違いに早かったり、金銭対価ナシでの労働が提供されたり、複数の人が書いたある部分のコードの中で最も優れたコードを持ってこれたりと、当たってしまえばアップルやGoogleでも太刀打ちできない概念だ。
あのwikipediaだって
コードではないけど、あのWikipediaだって、オープンソースみたいな形式でサービスが作られている。誰もお願いはしていないのに、その分野で一定の知識を持つ人が、無償でコンテンツを作っている。(大学生の時に友人が「石崎力也」という項目を作り、3日で削除された。だれか僕のWikiを書いて下さい。)
あのWikipedia動いているのは、数十人の社員と、Googleの何千分の一という規模のサーバー量からだけである。Googleが例えば「オンライン辞書プロジェクト」なるものを社内ではじめて、Wikipediaを作れるか?まず無理だろう。Googleの社員はコードを書くことはできても、オウム真理教事件について、は書けない。もちろん人でも全く足らない。これがオープンソースプロジェクトの威力だ。
昼はFacebookの社員、夜は・・・
あれ?話が大分ずれた。いつものことだけどね。さて戻しましょう。今回は「求人」について。このオープンソースプロジェクトと求人にどんな関係があるのか?勘のいい方は既に気付いていると思う。オープンソースプロジェクトに参加している人たちは、クパチーノの限定されない。それはパリの天才かもしれないし、京都の秀才かもしれないし、ポリネシアに住む英雄かもしれない。昼はFacebookの社員としてコードを書いているが、夜は自らのパッションに従ってプロジェクトに参加している可能性だってある。
オープンソースプロジェクトの求人方法はまず場所に縛られない。「ダーリン、クパチーノには私住めない。地元のスペインしか嫌よ」と言われて泣く泣くスペインに滞在している天才プログラマーもオープンソースプロジェクトには参加できる。当然だが、アップルは彼を雇うことはできない。
ジョイの法則を破れない?
ここにオープンソースプロジェクトの偉大さがある。オープンソースプロジェクトで集められた有志は、ジョイの法則を覆す生き証拠だ。英語を媒介とした求人もジョイの法則からは逃れられなかったが、オープンソースプロジェクト形式の求人はジョイの法則をも覆す。
さあ、ここまで聞いてあなたは何を思っただろうか。オープンソースプロジェクトの9割以上は全て英語で行われている。日本語を使う人口は世界にこれっぽっちしかないが、英語を使う人口は世の中に溢れかえっている。英語を媒介とした求人はジョイの法則を破れないが、ジョイの法則を破ることのできたオープンソースプロジェクトは「英語で行われている」。ここを忘れてはいけない。
若干、内容をキャッチーにするためにも、敢えて「英語をやった努力が烏有に帰した・・・」なんて言い方をしたけど、実は無駄になっていない。ただ英語だけでは駄目だ、ということ。今あなたはオープンソースプロジェクト方式の求人を知った。もしも将来、優秀な人たちと(日本人に限らない)一緒にヤベーことをしたいなら、まず英語を勉強したらいいかもしれない。可能であるならば、オープンソースという場を作れる人間、少なくとも場を理解できる人間になるためにも、コードをいじれるくらいにはなっておいた方がいいかもしれない。
それが日本語の限界だ
アドヴァイスめいたメッセージを日本語に乗せてあなたにこうやって届けているわけだけど、もしもこのメッセージを多くの人に届けたい場合、あるいは僕の文章に共感してもらい、将来有志の一片になってもらいたいならば、僕は英語でこの文章を書く必要があるだろう。これが日本語の限界だ。どれだけ僕がいいことを言っても、日本語を媒介としている限り、それは日本人にしか伝わらない。だから日本人しか求人できないことになる。
それが日本語の限界だ。
・・・と、競艇で負けてオケラ街道を突っ走っている(今、北千住。ここから日比谷線で六本木まで)僕が言っても格好悪いだけだ。あなたはあなた独自のフィルターで今日の「事実」を反芻してほしい。
文責:石崎力也
追伸:りょうもうという特急の中で3冊の本を読んだ(以下)
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