さっき帰国しました。大阪駅から金沢駅に向かう特急。サンダーバード47号の中で書いています。
実は大阪で一件のアポがあったんですけど、飛行機の遅れと、更にJRで予約していたチケットが発券できないというトラブルに見舞われ、ドタキャンする羽目になりました。ごめんなさい。さて、気持ちをリセットして。今日は感情的な気持ちの高まりとマネタイズについてのお話をしようと思います。
言葉にならないから歌にした
ミスチルの格言といえば、それはおそらくヴォーカルの桜井和寿さんの格言ということになるでしょう。以前「ミスチル 格言」とか「ミスチル 名言」みたいなキーワードで検索をかけました。そこにリストアップされた格言・名言のオーサーはやはり桜井和寿でした。日本屈指のメロディーメーカーが放つ言葉は、曲に乗せればミリオンセラーになるし、曲に乗せなくとも格言や名言として人々に注目されます。羨ましいですね。僕なんかがツイートしたところで、誰もリツイートしてくれないし、リプライなんてほぼありません。注目されることは皆無です。もし桜井和寿さんがツイッターをやって1日に1個でもツイートをすれば、瞬く間にリツイートされ、毎度のごとく注目されることでしょう。
さて、その桜井和寿さんですが、こんな名言を残しています。「言葉にならないから、歌にしました」・・・っく、かっこよすぎる。言葉にならなければ歌詞にもならないだろうなんて捻くれた意見は言わないでください。歌詞は音楽のごく一部です。音楽なら言葉で伝えたい以上のことを伝えることができるかもしれません。僕のような凡人にはわかりませんが。とにかくミスチルがそう言うんだから、きっとそうなんです。言葉にならないことでも、音楽にしたらうまくいくこともあるんでしょう。実際に「名もなき詩」「イノセントワールド」「終わりなき旅」など彼らの作る音楽は、多くの人々の心に届き、きっとこの瞬間も日本のどこかのお風呂場で鼻歌として歌われているはずです。
そうかぁ。言葉にならないことを音楽にするのかぁ。かっこいいなあ。
言葉にならないから小説にした
ふと思い出したんですけど、そういうば村上春樹さんの小説家を読んでいても、言葉にならないことを小説にしているのかなあと思う時が多々あります。小説は言葉を操るんだから、言葉にできないものは小説にもならないと考える方もいるかもしれません。でもちょっと待って。それは違う。例えば「女性がいない男性の生き方ってのは寂しいもんなんだよ」ってことをあなたが言葉で伝えるパターンと、『女のいない男たち』(文春文庫・村上春樹)の本を手渡しして「これを読んでみて」と相手に読書を促すパターンでは、やはり何かが違うでしょう。受け取れる情報量が異なります。何より機微な情報は小説でしか伝わらないんじゃないかな。『女のいない男たち』には関西弁を独学で習得した関東人のストーリーが出てきます。彼は浪人生です。彼は綺麗な彼女がいます。いずれ彼は彼女を失います。彼の心情を理解する(察する?)には、小説を読むしかありません。随筆形式で「浪人生とは精神的に不安定な身分であり、云々・・・」と説明されてたしても、おそらく10%も彼の心情を理解することは不可能でしょう。そう考えると、小説とは、本来なら言葉でサラッと伝えるようなことを、回りくどく、そして過剰なほど説明的に情報を伝える技術なのかもしれません。もしかしたら僕の思い込みかもしれません。でも全くの見当外れというほど狂ったアイディアでもなさそうです(そう信じたい)。
春樹さんも言葉にならないことを小説にしているのかもしれません。彼が今後書くエッセーの中で「言葉にならないから小説にしました」みたいな発言をするのであれば、これはもう僕のヴィクトリーです。やっぱりそうだったのか!と僕は天を仰ぐことでしょう。まあ春樹さんがそんな発言をしなくとも、僕は勝手にそう信じています。「言葉にならないから小説にしました」と。
言葉にならないからメルマガにした
さて、最後は僕の話です。これを言いたくて偉大なるヒーローの名前を二人も出したのだ。はっはっは。石崎にも言葉にならないことがあります。例えば、ニューヨークのセントラルパークでテニスをしていた時、場所取りの問題でニューヨーカーの女性と揉めたことがあります。50代後半くらいのおばさんでした。イメージしてください。東洋人がニューヨークで白人と口論しているんです。現地の人からすると「さっさと自分の国に帰れよ、バカ」という気持ちだったかもしれません。結局、僕は負けました。こちら側に落ち度はなかったにも関わらず、僕がコートを譲る結果になった。もしこの口論が英語ではなく、日本語で行われ、さらに日本のどこかで行われていたのであれば、僕はコテンパンにそのニューヨーカーを打ちのめし(もちろん言論で)、テニスコートを勝ち取っていたでしょう。結果、僕は言葉にならないことを多く抱えてしまったわけです。本来であれば、日本語で言いたいことがたくさんあった。でもそれができなかった。ゆえに、言葉にならない思いが僕の頭の中にたくさん蓄積されてしまいました。
さあどうする。僕はミュージシャンじゃないし、この思いを音楽に載せることはできない。かといって小説家のように文学的表現に長けているわけでもない。ボトムラインをお教えしましょう。言葉にならないからマネタイズしました。「ちょっと聞いてよ。私の彼ったら・・・」と女性が女友達に電話をかけるあの感じ。映画でよくあるシーンですよね。失意・傷心・失恋などのイベントがあると、一人で閉じこもるよりも、誰かに話を聞いてもらいたい気持ちになります。まさにこれです。僕の場合も、定期的に感情的になる瞬間があります。頻度でいうと、どのくらいだろ、月イチくらいかな。最近、ムカつくことや悲しいことがなくて困っているくらいです。とにかく言葉にならない思いがあると、なんとかしてそのエネルギーを昇華したい気持ちになります。別の形に変換して心を充足させるのが狙いです(言うまでもないですが)。その活動が、僕にとってのビジネスであり、具体的にはブログを書いたりメルマガを書いたり、ある時はクライアントにコンサルティングをしたり、ある時は長い長いセールスレターを書いたりすることなんです。
可愛い女と六本木ヒルズに住みたいっス
運よくその事業が軌道に乗りマネタイズに成功した暁にはガッツポーズです。言葉にならないことが、仕事になり、お金になりました。僕はすっきり。頭の中のモヤモヤはもうどっかに行っているし、感情的な高まりはもうありません。そう考えると、僕にとってビジネスは、どこまでもメンタルな作業なんだと。だから感情的な高まりのない場所にお金は存在しない(少なくとも僕の場合は)。「いい車に乗って、綺麗な彼女と六本木ヒルズに住みたいっス。だから金持ちになりたいっス」みたいな言葉になるようなモチベーションでは、ビジネスはうまくいきません。動機が弱いというか、心の揺れがすごい小さい。いや他人はどうでもいいんです。僕の場合、そういう言葉になる目標だけでは、モチベーションが湧かないんです。どれほど鮮明に六本木ヒルズに住むイメージしたところで、感情的な高まりはない。その程度の動機では、Macを起動するだけで全てのエネルギーを費やしてしまうでしょう。Macを起動して、そこから更にキーボードを叩いて、それなりのビジネスを作るには、やはり十分なスタミナが必要です。どちらかというと心のスタミナ。
そのスタミナの源泉はどこかといえば、繰り返しますが、やはり感情的な高まりであり「言葉にならない気持ち」なんじゃないかなと僕は思うわけです。適度にムカついたり、適度に嫌な経験をしておかないと、働く気持ちなんて湧いてきません。大事なのは感情的な高まりがあった時、それを安易に吐き出したりしないこと。ビールを一気飲みして血中アルコール濃度を上げたりとか、ワタミで同僚に愚痴を言ったりとか、カラオケで泣きながら熱唱したりしないこと。そういう風にして気持ちを昇華しても金になりません。あなたがサラリーマンであれ、学生であれ、フリーランスであれ、これからお金を稼ぐ仕組みを作りたいのであれば、上手に気持ちをマネジメントすることをお勧めします。定期的に嫌な経験をしては「よっしゃ、金にしてやる」とか「この程度の気持ちの揺れなら金にならないな」とか一人でブツブツ言ってみるのが良いんじゃないですか。ムカつくやつ、嫌な体験、社会への不満、これ全部、金に変えちゃいましょう。
「言葉にならないから、歌にしました」
「言葉にならないから、小説にしました」
「言葉にならないから、メルマガにしました」笑
最後の、超ダサいですな。ちなみにもうすぐ金沢駅に着くんですけど、電車の中でパソコン作業するのよくないです。シンガポールのマーライオンみたいにゲロを吐きそうです。それじゃ、お元気で。また連絡します。